大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和31年(ツ)16号 判決

上告人 控訴人 被告 津田ミツヱ

被上告人 被控訴人 原告 龍川ミサ

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌地方裁判所に差し戻す。

理由

上告理由第二点について

原審は、被上告人が昭和三〇年七月一〇日頃、上告人に対して自家保有米一俵を代金四、八〇〇円で売り渡したとの事実を認定したうえ、上告人に対して右代金の支払を命じた。しかしながら、食糧管理法第九条、第三一条、食糧管理法施行令第六条、第八条、食糧管理法施行規則第三九条、第四〇条によると、米穀の売買は、一定の資格ある者を通ずる場合、法定の除外事由その他特段の事情がある場合ならびに生産者以外の者が、営業の目的をもつて売り渡しまたは使用するため買受ける者以外の者に、売り渡す場合だけが有効であつて、右以外の私人間における売買はすべて無効と解すべきである。

ところが、原審は、本件売買行為が右に掲げる事由のいずれに該当するかを明らかにしないで、たやすく被上告人の本訴請求を認容したのは、審理不尽、ひいては理由不備の違法があるのであつて、原判決は破棄を免れない。

されば、所論のこの点に関する主張は理由あるに帰するから、他の論旨を判断することを省略し、原判決を破棄して原裁判所に差し戻すこととし、民事訴訟法第四〇七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 猪股薫 裁判官 臼居直道 裁判官 安久津武人)

上告人津田ミツヱの上告理由

第一点原判決はその判断に遺漏があり審理不尽であつて民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する。即ち、

(イ) 原判決は第一審に於ける証人滝川ナミ(一部)同高田稔の証言によつて被上告人が昭和三〇年七月一〇日頃上告人に対して自家保有白米を金四、八〇〇円で売渡したと認定しているが、上告人が控訴審に於て証拠として提出した証人水上吉五郎の証言について何ら具体的な判断をしていない。

(ロ) 本件の争点は上告人が被上告人から白米一俵を買受けた日時であつて、上告人は被上告人から昭和三〇年六月に白米一俵を買受けたことがあるが、その代金は同月中に被上告人に支払済であつて原判決認定の如く右同年七月一〇日頃に再度被上告人から白米一俵を買つたことはない。

(ハ) しかして控訴審の証人水上吉五郎の証言によると

自分は上告人方に下宿して居る者であるが昭和三〇年七月一〇日頃上告人から頼まれて訴外日根野製米所から米を持つて来たことがある。という事実が認められ、果して然りとすれば上告人が昭和三〇年六月中に被上告人から白米一俵を買つた後翌七月一〇日頃にも訴外日根野製米所から米を買つたのであるから更にその頃被告人から一俵もの白米を買受けることはあり得ないことと云わなければならない。

(ニ) しかるに原判決に於て右につき何らの判断をもしなかつたのであるから同判決は判断に遺漏があり審理不尽であつて破毀さるべきである。

第二点原判決は憲法の解釈に誤りがあり且つ判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背がある(民訴第三九四条該当)。

(イ) 憲法第六二条によれば国民は憲法が国民に保障する自由及び権利はいやしくもこれを濫用してはならないのであつて常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負つている。処でこの責任は財産権の自由な処分や或は売買契約等にも適用されることは言をまたないことは何人といえども異論のないところである。

(ロ) 我国に於ては十数年以前より戦争のために食糧事情が極めて悪く、ために政府は食糧の輸入及び農地改良等により米穀の増産を計ると共に他方米穀の計画的需給の必要から食糧管理法によつて米穀の配給統制を施行していることは周知の事実である。

(ハ) 即ち右食糧管理法によれば米穀生産者はその生産した米穀を政府以外の何者にも売却することが出来ず(第三条第一項)且つ米穀の販売業者といえども、権限ある者が発した購入券の呈示或はそれと引換えでなければ米穀を販売することが出来ない(第八条の三、同条の四)のである。

(ニ) 右食糧管理法の目的は国民食糧の確保及国民経済の安定を計ることであり(第一条)その実行のためには違反者に対して懲役等の罰則(第三一条以下)を以て臨んでいるものである。

(ホ) 民法第一条第一項は私権は公共の福祉に遵うと規定され又同条第三項により権利の濫用はこれを許さないとしている。しかして同法第九〇条は公序良俗に反する行為の無効を定めているところである。

(ヘ) ひるがつて本件を見るに被上告人はその所有に係る白米一俵の代金四、八〇〇円の支払を上告人に求めたものであるが、もとより白米は我国の主要食糧として最も重要な地位を占めるものであつて前記食糧管理法によつて法定除外事由のない私人間の売買は禁止されている処である。しかして右禁止行為は、たとえ契約の存在があつたとしても民法第九〇条により当然無効なものといわなければならず、憲法に於てもそれを求めていることは明らかである。

(ト) 右(イ)乃至(ヘ)により被上告人の請求を認容した原判決は憲法の解釈に誤りがあり且つ判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背があるから破毀されなければならないものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例